両親について

こんなことがなければ、両親について考えたりしないだろう。

それでも人生の節目には、両親に深くそして強く感謝をした。例えば、希望の高校に受かったとき、写真を勉強したくて日芸へ入学し上京するとき、就職もしないでアメリカ横断の旅へ出たとき、親に相談しないでカナダへ引っ越したとき、今の旦那を初めて紹介したとき、そして結婚式のとき。

両親にはたくさんのアドバイス、そして暖かい眼差しで見守ってきてもらった。
なに不自由なく育ててもらった。父なりのユニークで広い考え、母なりの真面目な考え、ときにはぶつかる事もあった。

「写真なんてもうやりたくないし、写真で食べていくことに疲れた」と打ち明けた事もあった。その時の父の悲しい顔は今でも覚えている。

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我が実家は、祖父から続く写真館。父で2代目。現在では珍しくなった4×5の大型カメラでしか撮影しない。父の撮るポートレートはうまく表現出来ないが、すばらしいの一言だ。   ※父についてはこちらに書いてます。

私の結婚が決まったとき「この写真館を継ごうとは考えなくていい。女川にいたって稼げないし、君たちには才能があるから東京で仕事を続けなさい。写真という芸術を継承していってくれるだけで充分だ」と父は言ってくれた。

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大きな死の波がすっぽりと女川を飲みこみ、父の写真館はあっさりと姿を消した。
自慢の4×5も、ライティングを駆使できる自慢のスタジオも、モノクロプリントできる暗室も、愛用していた引き延ばし器も、祖父が使っていた旧型の4×5も、父の撮ってきた作品群も。全て消えてしまった。

父の今までの人生って何なのだろう?と改めて思う。

生きさえいれば、またがんばれるし、父の技量は衰える事はない。写真はいつだって撮れる。今までと同じように、撮影にくるお客さんを幸せにする力も持っている。


佐々木写真館、3代目として。私が出来ること。
それはポートレートを撮り続けることしかない。
もっと父から学びたい事は沢山ある。だから、どうか無事でいてください。「写真」というものをもっと深く語り合おうよ。待ってるから。
by monchicamera | 2011-03-15 14:38 | 311とその後
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