女川、生存者ぞくぞくと…

昨日あたりから、女川の方々の生存情報がいろいろと出てきました。
個人的に「俺の親がみつかった!」とか電話をもらったり、知り合いの知り合いの・・・とまた聞きだったりするので。私が混乱するくらい、友達の家族や知り合いの方の安否が確認されています。

今言える事は、連絡が取れないほどんどの人は「女川のどっかで生きている!」って事です。「未だ安否が不明な人は女川で5000人」と3/14付のニュースで報道されましたが、それは公式に発表された数字。ニュースというものは正確な数字、また情報源はどこからなのか把握された情報でなければ、表に報道されません。

では、「公式な数字って何?」とよーく考えてみてください。
普通に考えて「役場の人がちゃんと名簿で確認した名前」の人数じゃないですか?
次に「ちゃんと名簿で確認し…」っていうのは、どこまで「ちゃんと」だと思いますか?

同級生たちの話や、現場を聞いてると、
「○○さんの車で石巻まで来たんだ!」とか「避難所で待ってるのも面倒だから自走で出てきた」とか「○○さんの家は無事だったから泊まらせてもらってた」とか「息子が迎えにきたから、とりあえず仙台に行くわー」とか。書いてて、女川っぽいなぁ〜と笑っちゃうけど。そういう現状です。


女川脱出する人が、わざわざ役場の人に「転出届け」ならぬ「脱出届け」を出しに行くとは考えにくいです。みんな各自生きる事に必死だから、勝手に行動をしている結果、正確な数字が把握できないのだと、私は推測します。

もちろん公的な避難所に居た方は、事務所に声をかけてから出ると思いますが、その事務所だってどの程度機能しているのか…。また、家が無事な人(津波を逃れた地域)は避難所に入れず、自宅待機状態になっているとも聞きますし、わざわざ何キロも離れた総合体育館へ行ったりしないと思います。

そういう意味では「公的な発表されている数字」はとても曖昧です。
3/15付けのニュースにあるように「南三陸町で2000人無事確認」とあります。
急に2000人もの人がぴょこーんと発見される訳もないですから(笑)徐々に部落を回って情報を集めて、名簿をつくって、それを(何日かかかって)合計して2000人。たぶんそういうことです。

付け加えていいますが、役所仕事を非難しているわけではありません。物資がようやく届いたなんて言っている状況なので、事務処理っていうのはものすごく後になるんだと思います。みなさん各自の仕事を寝る間も惜しんで必死で行っていると思います。また無事だった部落へ行くのも、瓦礫の山を何キロも歩いて行ったり、道路が寸断されている地域へどうやって向かうのか…かなり不便な状況だと思います。


だから希望を捨てず、根気よく待ちましょう!

辛くなったら、女川の人たちの明るい性格をイメージしましょう!
「腹減ってねーが?ほれ、ごはん食べでげ!」って近所のひとが心配してくれる土地柄です。いまだに、味噌醤油を近所の人に借りに行ける田舎町です。

だから、きっと大丈夫。もう少しです。がんばりましょう。


このブログが、多くの方の目にとまり、同郷の方の励みになれたことを嬉しく思っています。ただ私は遠隔地から、PCの前でずーっと情報を得て、少しずつ整理している状態です。コメントを寄せていただいた方のお力になれず、すみません。情報が分かれば書き込みをしますが、その場合は非公式にしてメールアドレスを書いてください。

私の情報源は、twitterで「女川」と検索したり、ハッシュタグ #save_miyagi_onagawaで検索するか、 #onagawaのどちらか。またmixiの「宮城県牡鹿郡女川町総合情報」というコミュ、あとは女川に行った知人の話などです。


最後に、私の親戚、父のお世話になっている方々へも充分に連絡ができず、こちらのブログを読んでもらうだけの状態で申し訳なく思っています。この場を借りてお礼を申し上げます。どうもありがとうございます。
by monchicamera | 2011-03-16 12:52
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