女川以外の被災地を初めて訪れた

今日は旧河北町へ高校総体地区大会の撮影に行ってきました。帰り道に大川小学校へ。津波の跡が残る建物を見て愕然としました。故郷である女川のことは受け止める余裕があったハズなんだけど、見知らぬ土地の津波跡を見て、どうしようもない心の置き場に戸惑いました。川の河口に、ぽつんとたたずむ2階建ての平屋のような大川小学校では沢山の児童と先生方が亡くなりました。とても無念です。数名が生き残ったという崖を登って、しばらくの間校舎を眺めてみました。あの時と同じような強風が私の頬を吹き付けていきました。
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その後、旧雄勝町を通り抜けました。子供の頃に何度か来たことのある町です。やはりここの津波被害もただ事ではなく、未だに被災したままの姿で中学校や建物がどーんと威厳を放って建ったままでした。何とも言えぬ光景で、女川以外の町は私にとっては完全にアウェイで、言葉にならない気持ちをどうすればよいのか、とても戸惑ってしまいました。

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車はそのままリアス式の海岸を南下、指ヶ浜へ。1月に野口健さんと訪れた時以来です。指ヶ浜のみなさんはげんきなのかな〜とふと思い、ずうずうしくも区長さんを訪ねました。ご夫妻は快く家へ案内してくれ、温かいコーヒーを出してくれました。撮影で冷えきった体を心から温めてくれる、そんな優しさが詰まっていました。何よりも嬉しかったのは、指ヶ浜でホタテの収穫時期が来たこと。震災後に植え付けたホタテです。幸いにも放射能の数値も検出されず、なんとか収穫できる時期になりました。やはり漁民が漁業の力で立ち上がることができるというのは嬉しいですね。浜にもちょっとずつ笑顔が戻ってきたように感じました。
by monchicamera | 2012-05-12 23:58 | 311とその後
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