誕生日の思い出

今日は私の35回目の誕生日だ。
「おめでとう」というのは決まり文句なのだろうが、私自身はあまり好きではない。特にネットが普及した今、それほど仲が良くない人(または全く知らない人)からおめでとうメッセージを掲示板に書き込まれるのだけは、毎年ながら好きになれない。とても事務的すぎる気がする。

プレゼントをもらうのも苦手である。相手の誕生日を覚えてないのに自分の番だけプレゼントをもらうと申し訳ない気分になってしまう。女川では何かいただくとお礼をしなくてはならないという暗黙のルールがある。お礼を忘れてしまうくらいなら、最初から受け取りたくないと思ってしまうからなのかもしれない。

なんとも否定的な書き出しの文章になってしまったが、誕生日に恨みがあるわけではないのでここからは笑って読んで欲しい。


誕生日こそ母親に「産んでくれてありがとう」と言える日にしたいと思うようになったのは何歳ごろだっただろう。仙台に住んでいた頃だったと思うが、突然アパートへFAXが届いた。母からだった。

「あなたが30歳になるなんて、思ってもみませんでした。一体わたしはいくつになったのか…と振り返りました。特別なお祝いはしてあげれませんが、一人前に稼げるようになったあなたがわたしの自慢です」と書いてあった。30歳というキリのいい年だったからであろうか、誕生日にFAXで届いたのはこれが最初で最後だった。

その週末は、お礼に両親に手料理をふるまいたかったので、食材やワイン、オーブンまで持参して女川に帰った。自分の稼ぎで、そして得意の料理でもてなしたかったのだ。母はとっても喜んでくれた。
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海外旅行へ行ってみたいという母を一度だけ連れて行こうと思った事がある。ようやくお金を貯め、父も誘って3人で行く準備ができた。が、直前で母が脳梗塞になってしまい、旅行はキャンセルになった。2009年12月のことだった。幸い症状は軽かったが、海外旅行をする気はすっかり失せてしまったようで、結局それっきりになってしまった。

物事にはタイミングがある。自分の思い込みや押しつけではいけないと思うが、その時を逃すと「ありがとう」が伝わらなくなってしまう。後悔とは「後で悔やむ」と書くが、感謝を伝えたい思った時はその瞬間が良い。母とは意見がぶつかり合うことが多かったが、「ありがとう」という気持ちはその都度きちんと伝えてきたつもりだ。だから自分の中に悔いはない。今年もそっと手を合わせることにしよう。おかあさんありがとう。
by monchicamera | 2012-08-21 04:04 | 311とその後
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