sawˈdade サウダージ

skypeを通して、オンライン教室でスペイン語を習い始めて6ヶ月。グアテマラ人の講師と毎日1時間会話をする。文法のチェックやとりとめもない話をし、ようやく会話らしい会話になってきた。何の分野でもそうだが、半年かかってようやく形になってきたな、と実感する。「継続は力なり」というが、少しずつ少しずつ続けて行けば、いずれ大きな力になる。

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スペイン語に興味を持つようになったのは、2003年にメキシコを訪れたのがきっかけだ。私にとって初めてのスペイン語圏の国。最初は衝撃的だった。当時アメリカ・カナダの両国に1年間暮らしていた私にとっては、もはやアメリカの文化や生活が”世界の標準”なのだと痛感していた時期に、メキシコという国のインパクトは大きかった。何もかも刺激的であり、飛び交うスペイン語はどことなく故郷の女川弁を彷彿とさせた。メキシコ人の顔立ちはモンゴロイドの血が混じっている先住民系も多く、どことなく故郷の漁師を思わせた。「もっと会話がしてみたい」と思ったのだが、まったくスペイン語がわからずジェスチャーのみで終わってしまった事をとても悔やんだ。

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メキシコシティから、銀の町タスコ、先住民系が多いオアハカと訪ね、誘われるように太平洋側のワトゥルコ、プエルトアンヘルへたどり着いた。そこは愛して病まないメキシコ映画「y te mama tambien」のロケ地であった。どこか女川を思わせる隆起地形と磯の香り。外国を放浪して1年半が経とうとしていた。

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18歳で実家を離れた私にとって「故郷」というものがどんな存在だったのか、外国で暮らしていると、それは色鮮やかに甦ってきた。私の場合、田舎がキライで故郷を離れたわけではないが、戻るつもりもなかった。だけどこのまま東京で暮らし続ける気もなかった。メキシコの海に身を委ねながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。それは2003年の冬、私は26歳だった。

出会う人、出会う景色、全てが故郷とつながっているように感じた。心の中で”故郷”を求めていたのだ。もっと知らない世界を見てみたいと思った私は、郷愁や憧憬(サウダーデ)と言った類いの感情を抱きながら、その後も旅はずーっと続けたのである。こうした感情をガリシア語(西語)では[sawˈdade](サゥダーデ)と言う。今思えば、さっさと実家へ帰ればよかったのだが、おかげで世界に存在する「女川に似ている場所」というものを知ることができた。そこはなぜかスペイン語圏が多く、スペイン語を覚える事が必須となった。
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2011年の震災を経て、そのサウダーデはますます強くなる。他の国で学んだ事を故郷の復興へ役立てたいと思うようになった。この夏、スペイン・ガリシア地方とバスク地方への旅に出る。女川と同じリアス地形が存在するガリシアへの旅は2度目だ。さて、どんな旅になるのかな。
by monchicamera | 2013-07-02 13:13 |
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