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ニュースZERO

4/27放送のNEWS ZEROです。

by monchicamera | 2011-04-30 14:20

Viki 「あなたに会いたい」

お友達でシンガーソングライターのVikiちゃんが素敵な歌をプレゼントしてくれました。私たちの結婚式のエンドロールでも歌ってくれた彼女。心に響く歌を歌い続けています。

Vikiちゃんからのメッセージ
「被災地で頑張り続けている方たち、 故郷を離れて不安に過ごしている方たちに、
そして、ふるさとを支えながら、行方がまだ分からない大切な人を待っている友人に、
少しでも心を休めてもらえたらと思って歌を作りました。 たくさんの人たちに届いてほしいです。」

ぜひお聞き下さい。

by monchicamera | 2011-04-29 11:17

引き続き 元気玉よろしくお願いします

ブログやTwitterのコメントでは「目的がハッキリしているから協力するよ」「女川の子供達に写真で元気づけてね」など、温かい言葉をいただきました。同じ気持ちで故郷を思う人、津波がキッカケで女川を知る事になった人。ほんとにほんとに、涙でいっぱいです。ありがとうございます!

あくまでも「仲間からのカンパ」がきっかけで始めた募金なので、私たちの考えに賛同してくださった方から協力を頂いてます。まずはこちらを読んでください。「オレオレ詐欺じゃねーの?」って思う方はご遠慮ください(笑)
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もし、テレビや新聞でこのことを知った方で募金したい方がいましたら、下の口座までよろしくお願い致します。

【振込先】
ゆうちょ銀行
18100-21501531
スズキマユミ

三井住友銀行
池袋支店 普通2521977
スズキマユミ
by monchicamera | 2011-04-27 18:28 | 311とその後

元気玉通信1 第一回集計結果

4/3のブログで【個人レベルの募金】ということでブログを見てくださっている方々に呼びかけ、さらにこの活動を『元気玉プロジェクト』と名付け、全国のみなさまからお金をいただきました。

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募金開始から、4/27現在の集計結果です。
ゆうちょ銀行へ47名、三井住友銀行へ82名、手渡しで7名。
合計136名の方から、1425000円募金していただきました。ありがとうございました。

このうちから、
ブログにて活動内容などを報告させていただいてますが(第一回目はこちら)、女川一小と女川一中入学生へのプレゼント、第一保育所(知り合いが多く滞在し、お世話になっている先生方が多い)への物資を購入、移動分のガソリン代として使わせていただきました。(レシートはきちんとあります。細かい集計がまだ出来ていないので後ほど書きます)
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(しっかりと机の上に元気玉のプレゼントが載ってます!)

自分の想像を超える金額で、大変ありがたく思っております。
この額だと、小中学校の2011年度分の卒業アルバム代になりそうです。
今年のアルバム代が足りた場合は、今の5年生(2012年度卒業)や下の学年に繰越金として使いたいと思いますが、細かい点は先生方と相談して、決めて行きたいと思っております。

なにも急いで使わなくちゃいけないお金ってわけでもないし、家もなくなってしまった女川では長期的な支援が必要なんです。

たまに質問があるのですが、「女川の他の学校への支援はないのか?」ということですが、私の母校であり、佐々木写真館でアルバムを担当しているという理由で、女川一小と女川一中を支援しています。今後それも含め相談していきたいと考えております。
by monchicamera | 2011-04-27 18:14 | がんばっぺ女川【募金】

遺された写真

朝ズバで放送された通り、父のポートフォリオは私の手元にある。

先週その修復を試みた。私ひとりではどうしようもない気がしたので、師匠である渡部さとる氏と一緒に作業した。

30枚近くあったうち、バライタは全滅。RCはなんとか無事に残った。全部で9名分のポートレート。
これらの写真は、1992年に撮影された。バライタは当時父が焼いた物で、オリジナルの調色を施している。そのために重油と海水で化学変化がおこり表面が解けてしまった。
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オリジナルプリントは素晴らしいものだったが、この津波の被害を考えると「ちっ、(バライタは)余計な調色しやがって!しなかったら無事だったかもしれないのに…」と娘ながら勝手な意見を思ってしまう(笑)

だが、師匠の意見は違っていた。
詳しくは師匠のブログに書いてある。よかったら読んで欲しい。完璧なライティングと、ハイライト部分の見事なトーン。少なくとも残された9名分の肖像写真は、永遠に私の教科書になるのだ。
by monchicamera | 2011-04-26 20:04

自分のアイデンティティ〜女川 熊野神社

女川町立病院の裏からまっすぐ伸びる石段を登ると、女川湾を一望できる熊野神社にたどり着く。神社は町を見守っているかのように、どっしりと建っていて、海上の船からも見える町のシンボルだ。私が子供の頃、祖父母と散歩したり、元旦には家族で元朝参りに行ったりした。

この写真は、仙台に住む孫を連れて、一緒に女川湾を眺めて過ごした時の一枚だ。
女川のどの家族もそうするように、父もこの場所に来て、孫へ「女川の素晴らしさ」を伝えたのだ。

この写真を撮る時、家にいる母へ「熊野神社から写真を撮るから、店の前に出て手を振ってくれ」と父は電話したそうだ。母は目立つようにと白いタオルをめいいっぱい振って合図したそうだ。

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(同じ写真が4/13発売のFOUCS特別号に掲載されたました)

今こうしてこの写真を見ると、人口1万人のちっぽけな港町だった女川が、宝石箱のように素晴らしく見える。18歳まで過ごした女川という町に、正直言ってそれほど愛着はなかったものの、心のどこかで女川が好きだった。潮の香り、聞き取りにくいズーズー弁、水産加工場のおばちゃんたちの笑い声。通学路に干してあったシラス(毎回つまみ食いしました、すみません)。

これが郷土愛というものだと初めて気がついた。自分のアイデンティティはすべて女川という町から成り立っていたのだ。3/11のあの津波がなければ、気づく事がなかった。きっと町を離れてしまった人々にとっては、女川の素晴らしさを再認識するキッカケになったはずだ。

そういう意味では、この津波という自然現象に感謝したい。
あまりにも残酷な、負の代償だったけれど…。

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by monchicamera | 2011-04-26 11:37

女川のラジオ

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女川にラジオ局ができました。女川町周辺でFM79.3MHzにて災害FMラジオが聞く事ができるようになったんです!被災地でがんばる人、女川出身でラジオのために設備投資などをしてくださった人、DJ初体験の人、色んなパワーが集まってラジオが開局しました。

局内(といってもプレハブ)には、こんなカードが。
「負けねーど宮城、おだづなよ津波」って(笑)
ちなみに「おだづなよ」というのは方言で「ふざけんなよ」って意味です。


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各発表・生活情報・リクエスト番組などは13:00~と18:00~の2回。再放送は16:00~と翌日10:00~。 炊き出し情報は毎朝10:00~。 災害対策本部、女川第二小学校の特設スタジオから放送中です。
http://onagawafm.jp
by monchicamera | 2011-04-24 23:07

人々をつなぐ想いと写真

女川の総合体育館では、瓦礫の中から拾ってきた写真がたくさん届いています。
新聞でご存知の方も多いと思いますが、こうした活動は役場職員やボランティア(被災者)たちががんばって修復してくださっています。

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泥を丁寧に洗い落とし(これがまた大変な作業である)、乾かして、白い台紙に貼っている。家もすべて流されてしまった後、思い出の1つでも探したいというのが、共通した想いである。町の人は、とにかくここへ届けるのだ。

私もその1人だった。
そして奇跡ながらも、他人によって届けられた父の遺作を手に入れる事ができた。

人々をつなぐ想いと写真。
女川の町でこんなにも「写真」という存在が、愛され必要とされているなんて、思いもしなかった。

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今回は、
 ・写真用のバット×3
 ・写真用スポンジ
 ・ドライウェル
 ・写真袋
などをプレゼントさせていただきました。

「元気玉プロジェクト」の集まったお金で購入させていただきました。
みなさまのお陰です。ありがとうございました。
by monchicamera | 2011-04-24 22:59 | がんばっぺ女川【募金】

ニュースZERO

放送予定日は
4/27(水)へ変更になりました


日テレニュースZEROの取材を受けました。
被災地でがんばっている人にスポットを当てた番組です。
日テレさんのドキュメントは、しっかり取材をしていて、内容もまとまっているので、いつも注目していたのですが、今回私について取材していただきました。

今までは悲しみを増大させないためにも、あえて客観的に女川をみつめてきたのですが、今回の取材で、自分なりに一歩前に進めた視点で女川を捉えることができました。
瓦礫の山も見慣れてきているこの時期に、他者(レポーター)と語り合い、いつもと違う視点で「我が家」を見つめることは、私にとって今だからこそ必要とされる行為でした。

具体的に言うと、始めて暗室の中に入りました。
瓦礫とヘドロが散乱して今にも崩れそうな建物内部に入ろうともしなかったけど、今日はインタビューを受けている最中に、どうしても大型の暗室用バットが気になって中に入りました。父が使っていたものが、同じ場所に動かず置いてあったことに今日初めて気がついたんです。耳を済ませると、まるで声が聞こえてくるようで、父と一緒にプリントした日々が思い出されました。幼稚園の時から酢酸の臭いを嗅いで育ったんですもの。私の思い出の臭いです。

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そして、FOUCSにも掲載されている写真と同じ場所、熊野神社にも登りました。街全体を見下ろせる場所です。
あの高さから眺めると、改めて津波のすごさを感じることができます。バードアイで見る震災後の女川は惨いですが、瓦礫となった今も大好きです。故郷ですから…。

インタビューを受けながら、街を眺めて、改めて自分の正直な気持ちに気がつきました。
強がっているわけでもなく、親のプレッシャーを感じるわけでもなく、自分が生きたいように生きていく、その前進していくーパワーを今日は得ることが出来ました。

取材していただだいた日テレニュースZEROの取材班の皆様に感謝します。
放送予定は、4/27(水)です。
by monchicamera | 2011-04-24 00:54

ニュースZEROは延期

本日放送予定だった「ニュースZERO」、私のインタビュー分は来週放送になりました。日にちはまだ決定してません。後ほどお知らせします。
by monchicamera | 2011-04-22 12:59