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カメラマガジン発売中

f0044846_1330278.jpgエイ出版『カメラマガジン15号』が発売中です。こちらのP102に、6ページに渡ってインタビューが掲載されております。
拾って来たカメラの数々、父の撮影した船大工のポートレート、女川のBefore & After,本物よりも数倍きれいに撮ってもらった写真などなど。そしてライターの方がとても文章が上手で、カメラへの愛情はもとより、写真を通して人生を文章で描き出す力を感じます。

このカメラマガジンは、カメラ好き。写真好きをくすぐる、マニア系の雑誌ではありますが、オシャレなのが特徴です。ぜひ興味のある方、お手にとってご覧下さい。きっと次号も買いたくなりますよ(笑)
by monchicamera | 2011-06-29 23:03

深刻なハエ問題

女川をはじめ、被災地では深刻な巨大ハエの問題があります。
魚などから発生したか、原因はわからないけど、とにかくひどいんです。
車を停めて数十分。場所によっては、こんな状態です。
写真アップにして見てくださいね。黒い点はみんなハエです。
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夏本番の前に…と思って、お土産にバポナの蚊よけを沢山持参したんですが、蚊よりも問題はハエでした。玄関先にバポナをぶら下げると少しは減る様な気がしますが、それでも追いつきません。
河北新報に「砂糖100グラム、日本酒70cc、酢50ccを混ぜた溶液。穴を開けた2リットル入りペットボトルに少量ずつ入れ、物干しざおにつるしたり自宅の周りに置いたりしている。」というい記事が掲載されていましたが、その日から女川各所でぶらさがっているのが見られました。一晩置くと、真っ黒なハエの集団が…。それでもハエは毎日産まれます。

ハエの多さは場所によって異なると思いますが、海岸〜清水周辺〜総合体育館あたりは最悪でした。旭が丘は少ない方でした。滞在していた6/17〜19にかけても、人が住んでいるエリアで一斉消毒が行われていましたがどの程度効果があるのか…期待したいところです。

学校を訪ねるとちょうど給食の時間で、職員室で配膳をしているとやはりハエが邪魔をしていました。ここはアジアか?!という大量発生具合。これからさらに暑くなる季節、衛生面で気を配らなくてはなりません。被災地に次々と難題が降り掛かっています。女川町災害​対策本部ではAmazonを通じて、ハエ防止グッツを希望していますが、少しでも改善される事を願うばかりです。
by monchicamera | 2011-06-29 22:57

我が家の解体

海岸前、マリンパルの裏手周辺は解体工事の真っ最中です。
我が家の数十メートル隣に建っていた商工会ビルは、6/22(水)の時点で取り壊しをしていました。
大きなクレーンが、がむしゃらにビルを壊して行く様子。砂埃が一面に舞い、いとも簡単にビルが小さくなっていきました。
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女川町役場建設課の方に尋ねたところ、佐々木写真館と隣の佐藤工業さんの鉄骨は近々取り壊されるとのことでした。今週には鉄骨を壊す専用の重機が女川に到着次第、持ち主に連絡がつく限り許可をもらい順に取り壊すようです。粘って残すようにお願いしても、後から解体費用を請求されても大変だし、こういう事業は行政の都合に任せておく方が無難な気もしました。

津波でも残った暗室、1/8になった我が家。
こんな状態でも家があるという安心感は大きかったです。

取り壊すときに、写真でも撮りに行きたいので、建設課の方に相談しましたが、よーく考えると悲しくなるだけなので、知らない間にそっと無くなってしまった方がいいのかもしれません。今週末も女川に行く予定ですが、最後のお別れになるか…、もしかしてこの写真で既にお別れだったのか…。
by monchicamera | 2011-06-29 22:41

ラジオの感想

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6/28(火)NHK第一「ラジオビタミン」を聞いてくださりありがとうございました。
10:00〜生放送にも関わらず、番組宛にも沢山のFAXや励ましのお言葉を頂き、ものすご〜く嬉しかったです。テレビの収録などと異なって、素直なフツーの感想ばかりをだらだらと述べてしまいましたが、「女川人は用もないのに入って来る」などと発言をしたらtwitter等で、女川出身の方々から大爆笑されました。こういう田舎の文化も大好きですし、町のサロン的な存在、母のサイフォンで入れたコーヒーなど、懐かしい場面も思い返すことできました。母に捧げる石原裕次郎談もできたので、良かったです(笑)

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さて、番組の中でも紹介したシノゴはこれです。3/28に初めて女川へ帰ったときに拾った「カメラ第一号」でした。持ち歩くための折りたたみ式で、蛇腹部分が開閉出来るようになっています。津波のニオイ(潮と重油の混じって臭い!)もしっかりとのこり、未だに小石がぽろぽろと落ちてきます。潮が付着した部分は白くなったり錆びてきました。

アナウンサーの村上さん、神崎さんのトークも軽快でとても優しく気遣いなども感じられました。心のこもったラジオ番組、これからも応援していきたいです。私にとって大変貴重な時間となりました。ありがとうございました。
by monchicamera | 2011-06-29 13:05

ラジオ生出演します

6/28(火)NHKラジオ第一「ラジオビタミン」という番組に、10:00~ 生出演します。

「ときめきインタビュー」というコーナーで出演しますが、WEBを見ても分かるように、通常は有名人ばっかり出演されているんですよね。私みたいなペーペーが朝から登場してよいのか、しかも何か余計な爆弾発言が飛びでてしまいそうですが(笑)、どんな番組になるか楽しみです。

いつもテレビ等のインタビューを受けるときに、女川弁で喋るか、標準語で喋るか…迷ってしまいます。全国放送の番組なので標準語かなぁ。だけど、ほんのり女川弁がまじってくると東北でラジオを聞いてくれている方はうれしいだろうなぁ。

ぜひお聞きください。ちなみに我が家は残念ながらAMラジオが全く入りません(悲)
周波数は地域によって異なるので、こちらを参考にしてください。NHKラジオ第一ですよー。
by monchicamera | 2011-06-26 14:38

元気玉通信4

がんばっぺ女川・元気玉プロジェクトのお話です。

みなさまのご協力で、今年度の学校アルバムの制作費に使おうと予算を組んでおりましたが、状況が変わってしまいました。ごめんなさい。

前回の報告では、女川一中のアルバムも含まれておりましたが入札で落選。価格の面でも写真の中身でも絶対に負けていないはず。良いアルバムをつくる自信はありましたが、結果的に選んでもらえませんでした。残念なことに他業者が今年度はやることになりました。理由としては「近さ」でした。例えば、不登校の生徒さんがひょこり登校したときにすぐに撮影してもらえるか、そういう要望に答えられるのは地元の業者だと…。

昨日6/22。女川一中の校長先生に「なぜ一中のアルバムを作りたいか?」をプレゼンさせていただきました。学校側としては「利益も出ないのに東京から通って大丈夫なの?」と心配をしてくださっていたようです。

正直言って私も悔しいし、この時期まで本契約の話をひっぱるだけひっぱっておいての落選なので、かなりへこみました。こうなるのなら、もっと早くお返事をいただきたかった。

だけど180度方向転換させて考えてみました。「その業者さんも被災しておられるし、地元できちんと商売をして利益を出して、復興の足がかりになるのであれば、その方がアルバムを担当されても良いのだろう」と、自分を納得させました。

募金をしてもらった方には、一中の出身の方が大勢います。
私の努力不足で入札できなかったこと、その方には申し訳ないと思っています。ごめんなさい。
8000円×69名の予算については、女川一小の2012年度分(現5年生)にまわす方向で考えています。これに関しても女川一小で契約を続行していただけると信じて…。もしダメだった時は、そのときに考えさせてください。みなさんの気持ちは無駄にはしないようにしたいです。


物事というのは自分が思っていない方向へ動くこともあるし、必然的にそうなってしまうこともあります。どんな逆境でも、立ち向かっていく強さを私たち人間は持ち備えているんだと思います。屈辱的な思いをしても、自分の精神は貫く強さも必要だし、周りに順応する柔らかさも必要だし、謙虚さも必要です。特に仕事の場合はそうです。私もカメラマンとして生計を立てて10年以上が経ちますので、その辺りの酸いも甘いも知っているつもりです。今回ばかりはみなさんの思いも背負っていたから悔しいです。

1つ言えることは、一中の校長先生に、自分の思いは精一杯伝えたので悔いはないです。故郷を思う気持ち、一中出身として後輩達のためにがんばりたいという気持ちは理解してもらえました。
ただ仕事という面ではシビアな現実があったということです。

長くなりましたが、女川一小の契約はいただけたので、この1校をがんばって完成させます!10年先も、20年先も、思い出になるアルバムを作ります。

みなさま、ありがとうございました。
by monchicamera | 2011-06-23 23:19 | がんばっぺ女川【募金】

PHOTO NEXTにて講演

明日6/22(水)東京ビックサイトで開催のPHOTONEXTのセンターステージにて、15:00~15:40に鈴木佑介(私の旦那さんです)が「エンドロール映像商品の成功極意」と題して講演します。お暇な方はぜひ。入場無料です。
by monchicamera | 2011-06-21 14:59

百箇日

百箇日の今日は石巻に行ってきました。
石巻が一望できる日和山に何年ぶりかな、登りました。
北上川の河口をはさんで右側(門脇)は壊滅、左側(湊方面)は屋根がたくさんありました。
丸光デパートのあたり、アイトピア通り、懐かしい風景が並んでました。

サンファンバウティスタ号も見にいきました。津波になんとか持ちこたえた船は、4/28の暴風雨でマストが折れてしまったようです。このサイトには、津波の時の船の様子も載っています。ドック棟が津波で破壊されているのですが、この写真だけをみると、ものすごく幻想的で、嵐の中を進む船の強さが表現されているようにも見えるんですよね。自然というアートの中に、復元船がしっかりと戦っているようなそんな雰囲気です。

サンファン館のスタッフさんとお話もできました。船大工の方々もお年を召してリタイヤした方もいるとのこと。父が撮影したのが1992年。写真展をやったときが2004年。何名かの船大工さんに当時お会いできましたが、いまはみなさんどうしているのでしょう?船大工の世界も職人ですから、跡継ぎがなかなかいらっしゃらないようです。20年前に比べたら職人の方も少ないのだろうなぁ。石巻中州にあった村上造船所も無くなっていたし…。船大工の後継者ももっと増えて、サンファン号がなんとか直って、再び大海原に出れる日がくるといいなぁと願っています。
by monchicamera | 2011-06-18 23:05

元気玉通信3

元気玉プロジェクトを応援してくださっているみなさんへ

連絡が遅れましたが、以下の報告をさせてください。
・2011年度女川一小入学式集合写真 台紙付き 納品完了(5/26)
・2011年度女川一中入学式集合写真 台紙付き 納品完了(5/26)

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写真には、がんばっぺ女川のロゴを入れ、
タイトルには、通常だと撮影社の名前を入れるのですが、今回はあえて「元気玉プロジェクト&佐々木写真館」と入れさせていただきました。募金をしてくださった、140名の気持ちを届けたいと思ったからです。


さらに、
・2010年度女川一中、卒業アルバム増刷決定
・2011年度女川一小卒業アルバム(新6年生)39冊契約のうち1人あたり8000円を募金より負担
・2011年度女川一中卒業アルバム(新3年生)69冊契約のうち1人あたり8000円を募金より負担

3/10に納品後、生徒が持ち帰った後に流されました。前3年生の約6〜7割の生徒のアルバムがないとの計算し、再印刷にかかる代金・約30万円はすべて募金でまかなうことにしました。まだ正式な注文数が決定していませんが、ここに報告致します。

また、今年度の卒業アルバムに関しては、震災で多くの家庭では収入がないため保護者の負担を軽くしようと、通年よりも8000円安くなった計算です。本当は全額募金から賄って無料にすることも検討しましたが、「こっちでは無料なのに、そっちの学校は高い」等言われることもよくないし、同業者さんにも迷惑をかけることになります。なのであくまでも「単価は通年とおり。保護者の負担を軽くするための金額を募金でまかなう…」ということに落ち着きました。


卒業アルバムって、子供の頃は「もらって当たり前」だと私も思っていました。
学校では修学旅行と同じように、積み立てをしたり集金をしたりしてくれているんです。

保護者の方々にも、みなさまからの募金のことも学校側から伝えていただき、多くの方が喜んでくれました。子供に思い出をつくってあげたいというひとりひとりの気持ちが、卒業アルバムを通じて、かならず届きます。アルバムの後ろには、募金者の名前を全員入れようと思っています。クレジットってやつですね。10年経って、20年経って、この子供達が大人になって、アルバムを開いた時が楽しみですね。

ご協力くださった、140名のみなさまありがとうございました。
残りのお金は、翌年度に繰り越しができたらいいなと思います。
by monchicamera | 2011-06-15 22:16 | がんばっぺ女川【募金】

イラク映画『バビロンの陽光』を観た

f0044846_23261622.jpgイラク映画、モハメド・アルダラジー監督『バビロンの陽光』を観た。この話はクルド人の祖母と孫が、父を探しに行くロードムービーである。

 イラクで起こった大虐殺。私たち日本人に馴染みのある話ではない。
900kmという移動距離。国土は広く民族も多様、イスラム教でも宗派が違う。イラクを覆う戦争と占領。この祖母を演じた女優さんもまた、実体験で同じ様な立場にある方だった。ぜひ監督インタビューを観てもらいたい。


f0044846_23261217.jpg 旅をする中で、彼女らは何度も挫折感を味わいながら、それでも息子に会いたい一心で前に進んで行く。たとえそれがどんな真実であろうとも、彼女はすべてを受け入れて前へ…。今、震災で傷ついた人々には、彼女にひとつひとつに共感できる部分がある。戦争と震災では異なるが、津波を受け入れて、悲しい現実を受け入れて行くしかない私たちにどこか似ている。

 「待つ」という苦しみが、痛いほど伝わってくる映画なのだ。
こんなに厳しい実話なのに、美しささえ感じてしまう。
眩しすぎる太陽が、時には優しく包み、時には痛く突き刺さり、彼女たちの顔を照らす。

 12歳の孫もとてもよかった。最初は甘ったれだったのに、たくましくなって行く様子もまた感動的なのだ。唯一アラビア語も喋れるから(祖母はクルド語で言葉が通じない)、精一杯の優しさで祖母を支えようとするのだ。

 イラクで映画を撮るというのは、政治的にも環境的にも難しいだろう。
この監督はあえてそこに挑戦をし、世界に伝えてくれたことに感謝したい。
by monchicamera | 2011-06-15 10:02