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葬儀のお知らせ

佐々木厚・克子の葬儀を行うことにしました。

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日時:2011年9月1日(木)11:00から
場所:女川・照源寺 宮城県牡鹿郡女川町浦宿浜字門前62
   (国道398号沿い、女川一小から450m直進し左折。コンテナ村商店街をさらに上る)
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f0044846_1326463.jpg未だに行方不明ですが、一日でも早く天国にいけるように、また私たち姉妹にとっても一区切りつけるために葬儀をしようということになりました。

本来であれば生前お世話になった方々に、手紙や電話などで知らせるべきですが、実家に置いてあった連絡帳も流されてしまい、こちらから連絡をすることができないため、この場を借りてお知らさせていただきます。なお河北新報と石巻かほくに、8/25に新聞広告を掲載しました。

被災地での葬儀は簡略化された形で、通常と異なります。死者を弔うという原点に沿ったとてもシンプルな葬儀でありますので、弔電・献花などはご遠慮いただいております。遠方で来れない方、このブログを読んでいる方、お気持ちだけでけっこうです。この日時に一緒に手を合わせていだたければ…と思います。よろしくお願い致します。

なお、お寺へのお問い合わせはご遠慮ください。
連絡はこちらから、メールやツイッターにてお願い致します。
http://www.monchicamera.com/
by monchicamera | 2011-08-28 08:00

写真展LIFE in 仙台 その1

8/25から仙台での写真展が始まっています。テレビや新聞でも取り上げていただいたせいか、連日多くの方がいらっしゃいます。嬉しいのは女川からの来場者(つまり佐々木写真館の顧客です)が、写真を持参してくれることです。「娘の成人式の写真です」とか「同級会で撮ってもらった写真」とか。地元で愛された写真館だったのだなぁ〜と幸せな気分になると共に、父の技術に改めて脱帽です。

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中にはこんなエピソードのお客様もいました。
「今回の津波で両親は亡くなったんだけど、総合体育館で両親の写真を拾いました。金婚式に撮影してもらっていたなんて、娘の私も全然知らなくて…。こんなに幸せそうな両親の表情が写真として残っただけでも救いです」との話をされながら、写真を見せていただきました。おばあちゃんに寄り添うおじいちゃんの照れた感じ、そしてそっと抱きしめている手元が素敵な写真でした。

また復元船サンファンバウティスタ号の船大工の家族も来てくださいました。9名のうち3名の名前がわかりました。そのうちの1人は、お孫さんがいらっしゃって3年前に他界したとのことでした。職人魂が溢れる立派なおじいさんの写真を見ながら涙を流していました。やっぱり当時の写真は津波で流されたとのことでしたので、後日複写したものをプレゼントすることにしました。

両親がお世話になっていた女川の方も多く、震災後に初めて顔を合わせるお客さん同士も多いです。
「あら〜、無事だった!いがったなぁ〜」って会話も多いですね。連日このようにたくさんの方が来場され、充実した写真展となっております。自分の意図しなかった「コミュニティの場」にもなっていること。とても嬉しく思います。


会場がちょっと分かりにくい場所にあり、ご迷惑をおかけします。
最近できた「アンパンマンミュージアム」のⅠブロック隣です。X橋からまっすぐです。
by monchicamera | 2011-08-28 01:20

今日から写真展スタート in 仙台

f0044846_822364.jpgおはようございます。フジフイルム仙台で写真展「LIFE〜父の眼差し、娘の視線〜」が今日から開催です。六本木に比べスペースが広いため、写真点数も多くなりました。かなり見応えがあります。(写真は搬入の様子)


【メディア案内】
本日25日
・TBCラジオ13:00〜、ロジャー大葉さんの番組でラジオ中継車が来るそうです
・地元の放送局(仙台放送、東北放送)が夕方のニュースで紹介くれるようです。
明日26日
・NHK仙台「てれまさむね」夕方のニュースにて紹介されます。

また、本日は終日ギャラリーにいます。明日は撮影のため不在です。それ以外は毎日ギャラリーにいる予定です。よろしくお願いいたします。
by monchicamera | 2011-08-25 08:03

KODAK Retinaというカメラ

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若木さんが持っていたKodakのRetinaⅡcに惚れてしまった。若木さんの大きな体に斜めにかけられているから可愛く見えたのかもしれない。「そのカメラってどこの何って名前ですか?」と聞いてみると、KODAK社のドイツ製だという。若木さんの大きな手のひらに収まっていると女性的なカメラに見えたのだが、私が実際に手にしてみると男っぽいカメラだった。折りたたみ式のレンズの感じもかっこいい。フイルムの巻き上げが下についているのも、なんかヘンテコで好きだ。

名古屋から直接東京駅へ。師匠に電話をする。「今日時間があったら赤坂まで着てもらえませんか?中古カメラが欲しいんです」こんな図々しい元アシはいないだろう…が、師匠も師匠で「こんなにいい人」って世の中さがしても、彼くらいしかいない。11年前にバルナック型のライカを買ったときを思い出した。私がアシをしている時、仕事中にボルボの右側の前後のドア2枚をボコボコにぶつけてしまったことがあったのだが、翌週には偶然見つけたルイヴィトン柄のライカがどうしても欲しい私に、代金を立て替えてくれたという逸話がある。この話は追々…。


さてカメラの話に戻ると。早速中古屋に師匠と二人で乗り込んだ。お目当てのKodak Retinaは何台かあった。若木さんが持っていたやつと同形を21000円で購入できた。絞りとシャッターをレンズ側で合わせるのだがいじりにくい。慣れれば使いこなせる範囲だから大丈夫だろう。ファインダーもキレイでピントが合わせやすかった。

中古カメラを購入した後は、師匠と喫茶店へ。そういえば師匠に初めて珈琲をごちそうした(笑)大した金額じゃないけど、自分が払えるくらいに出世したと言う事だ!

カメラをいじっていると、柔らか陽射しが顔に当たった。二人で「にやり」を目を合わせた。人物を撮るには最適な「おいしい光」が差し込んできた。やっぱりこういう好みも師匠ゆずりである。使い慣れないKODAK Retinaの絞りとスピードを合わせていると、師匠が「露出はいくつだ?」と質問する。「絞り4のシャッター30」と即座に答えた私。「よし合格!」と言われたが…。なんか嬉しかった。「写真がへたくそでも露出くらいわかりますよ〜」と私は言ったが、その露出や光が射す方向とかが分からない人も多いんだろうなぁと、ふと思った。

私がアンティークカメラで旅をするようになったのも、大した機材がなくても自然光を生かして写真を撮れるようになったも、写真家になれたのも師匠のおかげだ。彼のホームページには、たくさんの作品が載っている。どれも面白いのでよかったら見てください。9月中旬にはエイ出版から『旅するカメラ4』が発売されます。
by monchicamera | 2011-08-24 11:57

東海地区フォトセミナー

東海4県の営業写真館協会の方が集まるセミナーに講師として招待されました。ゲストとして写真家の若木信吾さんと私のトークショーが各90分ずつありました。

f0044846_11142998.jpg若木信吾さんは、CMやファッション誌などを撮っている売れっ子です。若木さん自身も気さくな方で、大沢たかお似のハンサムな方でした。スライドショーを見せて頂きながら、撮影秘話などを伺いました。営業写真館の世界ではなかなか見れないスタジオワークと有名な女優さんが次々と出てくるので面白かったです。

1999年に出版した「takuji」という、祖父を撮影したドキュメンタリー風な写真集の初版を持っているのでサインしてもらおうか迷いましたが、自分の講演の準備で家に忘れてしまいました(笑)また会えたときにサインしてもらおうっと…。

f0044846_11161140.jpg私の方のトークショーは、震災から今までの活動を、写真を見せながら話をしました。震災後のどん底な心境から入学式の撮影に向かうまでの話。それがきっかけでニューヨークの展覧会に誘われた話、そして女川を撮り続ける現在の話などを、順を追ってしました。今回私が一番伝えたかった事は「写真を通して地域の人々と関わりを持つ職業がいかに素晴らしいか」という事でした。入学式1つ取ってみても、人生で記念すべき日に関われる職業ってなかなかないんですよね。写真館にとっては毎年の出来事だけど、その子供や親にとっては1度きり。私が4月に感じた事を伝えました。現在写真館の方々にとっても不況続きで、時代の流れ的にもお客さんの「写真館離れ」が進んでいます。こんな時代だからこそ、もっと真摯に地域の方と交わっていただきたいと思いました。東海地区の方々どうもありがとうございました。
by monchicamera | 2011-08-24 11:17

遺体の捜索について

我が家のお向かいさん(焼肉屋さん)のお話です。
今回の震災で、奥さんとおばあちゃんが亡くなりました。車で避難している途中で亡くなったようです。私が産まれた頃からずっとお世話になっている家族で、腹が減ってはごはんをご馳走になりました。大人になってからは、帰省したときに「一杯飲んで行きなよ」と言ってお店のビールをご馳走になってました。そんな優しい家族が、いなくなってしまったことがとても残念です。

娘さんのブログがあります。
そこには、3月に発見されていた祖母を見つける事ができず、最近になってようやくDNA鑑定で発見できたと書いてあります。

私たちと同じ様な境遇で、未だ遺体を見つけることができない方が大勢いると思います。もしかして、見落としている可能性もあるし、もう一度探してみようかなという勇気が持てる情報でしたので、リンクを貼っておきます。私自身もこのブログを読んで、葬式の前に探しに言ってみようと思いました。震災から5ヶ月経って、諦めるにはまだ早いです。やれることはやれるだけやってみよう!そう思いました。


今日は、私の34歳の誕生日です。こんな日には「産んでくれてありがとう」と両親に伝えたいです。
だからこそ、もう少し探してみようと思います。
by monchicamera | 2011-08-21 20:42

アルピニスト野口健さんと出会う

f0044846_19141813.jpg昨日はアルピニストの野口健さんが来てくれました。私がアシスタントをしていた時、一度お会いしたことがありました。当時26歳の健さんは、エベレストや富士山の清掃活動を行っていて一躍有名になったときでした。端整な顔立ちとその貫禄に圧倒されたせいか、ずいぶん年上に見えました。私が22歳、大学4年の時でした。年もそんなに変わらないのに、世の中を動かしている健さんがカッコ良くみえました。

あれから11年。
健さんが写真展に来てくれました。奇遇にも誕生日が同じで、旅先でふと出会った感覚でした。健さんとの会話で印象に残った事をメモしておきます。


<故郷とは何か…>

外交官だった父とエジプト人の母を持つ健さんは、アメリカ生まれ、日本育ち(4歳から6年間)、そして海外生活が続きます。そんな彼にとって「故郷とは何か?」。答えは「東京」でした。幼少期を過ごした東京が記憶が彼の故郷なのだそうです。日本人の血が半分流れていて、日本で過ごした時期が少なかったのだけれど、「僕の中の故郷は東京」だそうです。
私は「家も親も津波で流されて故郷を失ったような気がした」ことを打ち明けました。すると健さんは「故郷って自分の中でいつまでも変わらないから」と優しく言ってくれた言葉が耳に残りました。


<自然の中で生きること、命をかけて生きること>
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「漁師さんは遭難したり不慮の事故で亡くなる場合もある。女川で生きて行くということは、死ぬ覚悟をもともと持っているかもしれないという気がするんだけど。」
健さん「僕はそう思わないな。例えば、山での死には二通りあって、予測不能の出来事で死んでしまう場合と、ジャッジミスや道具の不備によって招く死がある。」
「無茶をして死んじゃったりということですか?」
健さん「そういう人も少なくない」
「よく『命がけで登山をする』という表現がありますが。健さんはどうですか?」
健さん「僕は命がけという意識はない。綿密な予定と準備をしていけば危険なことは回避できるから。予測不能なことが起きてしまったら仕方無いとは思うけど…。海も同じじゃないかな。」
「海の人も最初から命をかけてるというよりは、安全に漁ができる準備をきちんとして毎日働いている…ということですね。皆が常に死を意識して危険な漁をしているわけじゃないですものね」
健さん「ただ、今回の津波は大きすぎた。予測不能の部分に入るかもしれない」
「今回の女川の人のポートレートを撮影して、インタビューをしていると『津波は仕方がない』という意見が共通してあったんです。」
健さん「その環境でずっと生きていこうというのは、まさに故郷だからなんだよね。」
「故郷だからこそ、その土地を理解して自然と共に生きていく事を意識したいですよね」


そんな感じの会話をしました。
生と死、自然との共存、今の私にとっては身近なテーマです。経験に基づく健さんならではの言葉が私の心に響きました。彼のブログには、最近の活動が書かれております。沖縄戦争で亡くなった方の遺骨収集、福島への視察なども載っています。興味のある方はぜひ読んでみてください。そして感じてください。

またお会い出来る日を楽しみにしております。
by monchicamera | 2011-08-16 19:36

解体

姉が女川へ行って、お寺でお盆の行事を済ませてきたとのメールには我が家の写真が貼付されていました。解体工事が無事に済んだようで、398号線のカーブと冠水している広い場所が写っていました。何故か門だけ少し残ってますが(どうしてかなぁ?)。小4の姪と小1の甥も写っています。彼らの目にはどんな風に写ったのでしょうか?

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こうして荒涼とした我が家を見ると、38年間よく頑張ってくれたんだと思います。こうして何もなくなってしまうと、虚しさだけが残ります。暗室が残っていたという事実は、この5ヶ月間私たち姉妹をどんなに励ましてくれたことか…。

ほとんどの家が流され更地になってしまった人と、ちょっとでも生活の一部が残っていた人とでは、気持ちは全然違っていたんだろうなと、実際に解体されて初めて気がつきました。まして写真館としての象徴が残ったり、父のカメラや作品が出てきたり、母の大事にしていた絵皿が割れる事なく残っていたり(欠けてもいなかった!)。両親を亡くしてしまった後では、そういう小さな出来事にしがみついているだけで幸せな気持ちになれました。3/28に初めて女川へ足を踏み入れた時の感動は、そういうことだったのです。

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家を建てるときに建前をしますが、解体して無くなった今こそ「ありがとう」と祈るべきなのでしょうね。白い写真館よ、私たちを育ててくれてありがとう、そして最後まで両親を守ってくれてありがとう。
by monchicamera | 2011-08-13 22:33

再放送決定しました!

世界中で放送された、私のドキュメント番組の再放送が決定しました。ネットでみれます。全世界で配信中。(このサイトに接続しアプリをDL、決まった時間にサイト内で放送されます)
6月に放送されたものが再放送されます。

jibtv Standing Up, Moving Forward #1 (Rebroadcast)
http://jibtv.com/program/index.aspx?page=2&program_id=8040
JITVのサイトから、下の時間に放送されます。

8/12 FRI 09:30-10:00 AM(JST)   01:30-02:00 PM(JST)
     05:30-06:00 PM(JST)  09:30-10:00 PM(JST
8/13 SAT 01:30-02:00 AM(JST)  05:30-06:00 AM(JST)


「この作品は、震災で両親も家もなくした一人の写真家が、悲しみを乗り越えて、ニューヨークで写真展をするという幸運を摘むまでのサクセスストーリー。10年ぶりに訪れたニューヨークで彼女は何を感じ、何を伝えようとするのか…」

という、内容です。はい、すみません、自分で美化しすぎました(笑)

あの5月までは夢中で、自分の意志とは別のところでがんばってきた気がします。
この番組を制作してもらうことで、自分を見つめ直し、両親に対してレクイエムができた気がします。そしてニューヨークから帰国後、私の中で吹っ切れたので、次のステージ(すなわち女川の人々のポートレートを撮るという作業に入ったこと)へ進めたのです。

この番組を制作してくれたKUCHIさんが陰で支えてくれていたおかげかもしれません。今では私のよき理解者であります。番組を作ってもらうことで、新しい私に気づかせてくれました。

そんな番組です。お時間のある方、ネットが接続できる方はぜひご覧になってください。
by monchicamera | 2011-08-12 12:17

写真展ご来場ありがとうございます

毎日、暑い日が続いていますね。そんな中、六本木で開催中の写真展にお越しいただきありがとうございます。連日沢山の方が足を止めてくださり、ありがたいです。
中には、女川出身の方、女川から東京へ避難されている方、父との繋がりのある方もいらっしゃいます。芳名帳を見ると、沢山のメッセージも書かれており、私自身が励まされる思いです。

ツイッターを通して、また6/28に出演したNHKラジオを聞いて、会場に来ていただいた方も大勢いることに驚いております。震災の事、そして佐々木写真館に興味をもっていただけることは嬉しいです。

芳名帳にメールアドレスや、ツイッターIDを書いていただいている方には後日連絡をするつもりです。芳名帳からメモしてくれば早いのですが、昨日も忘れてしまいました。お急ぎの方は、こちらのサイトからメールもできますので、よろしくお願いします。

ついついお客さんと話し込んじゃってご挨拶が遅れてしまう場合もあり、ご迷惑をおかけします。そんな時は「女川方式」で、どんどん割り込んで声をかけていただけると嬉しいです。
※女川の人はホントにラテン系で、遠慮なく人の話に入って来るんですよ。むしろそれが心地よかったり…(笑)
by monchicamera | 2011-08-12 08:21