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あなたの感じた一年後の3.11を応募してね

日本財団にて、写真と映像のコンテストがあります。こちらの写真部門の審査員をやらせていただくことになりました。しかも一緒に審査するのは、有名なあの方!

テーマは「2012年3月11日~あれから365日。あなたの目に映るものは~」ということで、あなたの感じた今年の(つまり2012年)3.11の写真を応募していただきたいのです。応募方法は、日本財団のサイトから簡単にできます。グランプリは20万円ですよ〜!どしどし応募してくださいね。
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by monchicamera | 2012-03-30 16:09

大沼英樹さんの「桜」

今日は新宿御苑に「桜」を観に行って来た。咲いている桜ではなく、仙台の写真家が撮った「桜」である。ギャラリーシリウスにて、3月28日まで

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大沼英樹さんの桜には、日本らしい日常が映っている。なにげない田舎の風景にそっと彩りを添えるようにピンク色が美しい。都会に住む私たちにとっては、幼いころの記憶のような、おばあちゃんの家に行ったような、どこか懐かしい日常風景に出会う。

人工物を一切排除したような、いわゆる「風景写真」ではなく、農作業に勤しむ人や通学途中の子供が画面を構成しており、見るものに安らぎと感動を与えてくれる写真群だ。私達の日常の延長線上にある喜びを、美しすぎる桜が代弁しているような気さえしてくるから不思議だ。

一瞬の輝きを逃すまいとする旅人のような目線の中に、その土地の住人のような視線がバランスよく保たれているところに、写真家大沼英樹さんの人柄がよく現れている。

長年かけて撮り溜めた桜写真の数々は、日本の民族文化を伝えるという点についてもとても価値がある。原風景はいつか変化していくものだ。例えば、今回のような震災が町を飲み込めば、そこにあった風景は激変する。津波でなくとも、災害や土地開発によっても見慣れた風景は変わっていく。このことは私自身が故郷を失って初めて気がついたことだ。桜を含めた日常の輝きを写真に収めていく作業は、その町の記録となり歴史となっていく。数年前から大沼さんはそのことに気がつき、全国各地を旅しながら写真で表現しているのだ。

f0044846_23313750.jpgこの写真群の中に、太平洋戦争を逃れた桜の写真がいくつかあるが、銃弾の跡が残るビルと桜木の間を子供たちが通り過ぎていくという、ある種ショッキングな一枚がある。歴史を経て、なお桜がたくましく咲いている様子は、私たちが忘れかけている生命の尊さや、時代を経て「変化」と共存して行く人間の姿が表現されているのではないだろうか。

この桜のシリーズには、実は続編がある。津波被災地の桜を撮った「それでも咲いていた千年桜」だ。あの津波にも耐え、強くどっしりと構えた桜の木を前に私たちは何を感じるのだろうか。
この二つのシリーズは写真集になっているが、ぜひ写真展へ足を運び、オリジナルプリントを見て感じて頂きたい。4月21日からは福島テルサ4階ギャラリーで行われる。
by monchicamera | 2012-03-26 23:42

女川商店街復幸祭を終えて

3月18日(日)、復幸祭は無事に終了しました。人口1万人だった女川町は震災後約6000人に減りました。そこへ、なんと10000人近くの来場者があったのです!これだけの人が集まる日が来るなんて、思いもしませんでした。復興と言われてもピンと来なくて、家々が流され、瓦礫が山積みにされた状況から、たとえ「1日限定」だとしても、脱することができたイベントだと思います。こうして昔のような賑わいが女川に戻っただけでも価値のある一日でした。
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 会場となった総合体育館には人がぎっしり。震災直後は避難所にもなっていて2000人以上が避難して来た体育館でしたが、こうやって1年経ってお祭りイベントができるなんて夢のまた夢のような感じです。初めて見るイーガーショーにも感動!商工会青年部のみなさんが、徹夜してコスチュームを作り、練習に励んでいる姿が目に浮かびます。セリフにも女川ネタが満載で、ご当地モノとしては完璧すぎる演出です。見に来ていた子供達も大喜びでした。

多くのボランティアがお手伝いをしてくださったことへも感謝です。ツイッターで知り合った何人かの方ともお会いしましたし、実際に東京からお祭りへ足を運んでくださった方も多かったです。道すがら交通整備をしてくださっている方々に、車から「ありがとう、ありがとう」と言いながら通行しました。

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司会を務めていた高政さんのツイッターに書かれた言葉に涙しました。「復興というと経済的な面にばかり目がいくけど、私たちが女川にほしいのは心からの笑顔が溢れる街の人々の姿なんだ。女川人も、ここに来てくれる人々も、うまいもん食って、楽しんで、季節を感じて、日々を生きる。みんな笑顔。それが復幸なんだ。復幸しようぜ」

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実行委員長の阿部淳さん(マルキチ)はじめ、このお祭りのスタッフは私と同世代の若者達です。今回私は何のお手伝いもできませんでしたが、こうして町を盛り上げようとしている仲間の勇姿がとても印象的でした。お祭りの文字通り、幸せが往来するような女川町にして行きたいと思ったお祭りでした。
by monchicamera | 2012-03-25 23:50 | 311とその後

女川町商店街復幸祭

3月18日に女川でお祭りが開催される。その名も「女川町商店街復幸祭」。復興ではなく、幸せが往復するようにという願いを込められたネーミングだ。

女川商店街復幸祭実行委員長を務めるマルキチ阿部商店の淳さんは「千年に一度の津波って言われでっけど、俺は千年に一度のチャンスに変えてやる!」とこの前会ったときに言っていた。ご近所さんで親しい人だけにこの言葉は心強い。

3/2のトークイベントで高政の正樹さんが「俺達の覚悟を見て欲しい」と言っていたことを思い出す。この言葉はその後私の心にずっしりと残っていた。「女川で生きて行く30代の覚悟」これはけっこう重い。その意味が今度のお祭りで証明されると思う。ただでさえ過疎化が激しい女川町に跡継ぎとして残り、仕事に誇りを持ち、今後の女川のために尽力している若者の姿が女川にはある。人口5000人となった女川町の未来を支えるためには、外部からのお金(つまり観光などでお金を落としていってもらう)ということも1つの方法だ。お客さんには、女川へ行き、美味しい物を食べ、買い物をしたりして、経済を回していくことのお手伝いをしていただきたい。ライフラインを繋ぐような支援の段階はとっくに過ぎたのだ。宮城県内外からのお客さんが沢山訪れてくれるよう祈りたい。
by monchicamera | 2012-03-17 13:57 | 311とその後

写真展 ご来場ありがとうございました

 四谷ポートレートギャラリーにて行われた写真展「復興願う二人の写真家 菊地信平・鈴木麻弓二人展」は、14日無事に終了しました。たくさんの方に見ていただけ嬉しく思います。ご来場ありがとうございました。今回も女川の方が多かったですね。嬉しいです。
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 搬入後の3月7日にはオープニングパーティーも開かれました。なごやかな雰囲気で、沢山の方々にお会いできたことは光栄です(私のプロフィール写真を撮ってくださった稲垣徳文さんがご来場、スナップを撮ってくれました!ありがとうございます)

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 今回初めてお会いした釜石の写真家・菊地信平さん、そして菊地さんのご家族のみなさま。今回の出会いに感謝いたします。菊地さんの写真館も津波で流され、避難所暮らしを余儀なくされたわけですが、やはり被災した者でなければ撮れない写真の数々だったと思います。震災からの復旧、そしてゆっくりと復活して行く様子をカメラに収めた写真たちは、菊地さんらしい故郷を愛する人の視線であると感じました。

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 ポートレートギャラリーの皆様には大変お世話になりました。この素晴らしい機会を与えてくださったことに感謝します。菊地さんはドキュメンタリー風の写真、私はポートレートで構成。異なる視点で「被災地」を撮っています。共通しているのは「地元で1年間撮り続けている」ということです。それぞれの描く1年ーー残念ながら、あまり現状は変わっていないかもしれません。小さな一歩ずつの積み重ねに喜びを噛み締めながら、前へ進んで行く三陸の様子が少しでも伝わればいいな…と思いました。

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 渡部さとる師匠も来てくれました。「落ち着かない写真展だな」と言われましたが、私の写真が落ち着かないのか、空間が落ち着かないのか……(笑)どちらにせよ、私の展示数が多すぎました。写真展は見せ方も大事なんですよね…失敗したな(汗) 写文集にも掲載している25名のポートレートのみでもよかったのだけど、どうしても新作の「女川マダム」を発表したかったんです。マダムシリーズは限られたスペース/限られた撮影時間(3時間で30人をこなすのはけっこうしんどい)での写真群ですが、その撮影時の慌ただしさが写真に表れているようで…。

「ポートレートは沢山撮らないと上手くならないから数をこなせ」というありがたい言葉と共に、女性をもっとキレイに写すコツも伝授して頂きました。日々精進。ポートレート道はまだまだ遠いですが、がんばります!
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by monchicamera | 2012-03-16 00:01 | 311とその後

一周忌

 あの日から1年が経つ3月11日はどのように過ごしたらよいか、本を書き上げた辺り(つまり年末)から考えていた。写真館跡地で過ごそうというのは頭に描いていたが、具体的にどうするか悩んでいた。一周忌と言っても実感がない。遺体が見つかったわけでもないし、本当に死んでしまったのだろうかと疑問に思うこともある。ただ1つ分かっている事は「冷たい海で亡くなった」ということだけだ。
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一週間程前、姉に電話をした。
 「3月11日、例の時間はどこで過ごす?」
 「自宅前がいいじゃない?亡くなった場所だし」
 「そうだよね、それがいいね」
 「暖かいものを供えようと思うんだ」
 「じゃぁ、お母さんみたいにサイフォンで珈琲を煎れようか」
 「それはイイね。昔みたいにダイニングテーブルを囲んでさ…」

ということで、私たち姉妹は3月11日の14時46分の過ごし方をこのように決めた。死者を弔うのはもちろんだが、残された家族が一緒に過ごし、心を1つにするということも大事だと思っていた。そういう意味でも自宅跡で、サイフォンで珈琲を煎れて両親に捧げるという儀式はベストな方法だと私たちは考えた。


 午前中は照源寺での合同法要に参加した。本堂に入りきれない程の人が集まり、手を合わせ焼香した。どの人も家族や親族を失っており、私たちと似たような境遇である。「うちでは見つかったけど、お宅ではまだなんでしょう」と、親しくしていた近所の方に声をかけられた。なんとも複雑な気分であった。この日はお寺や墓地で沢山の知人に再会したのだが、普段お会いできない方にも会えたし、「本を読んだよ」と声をかけてもらえることも嬉しかった。

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 さて。午後14時過ぎ。
病院の前には、沢山の人が集まり、テレビ中継車も2台停まっていた。女川町総合体育館では、合同慰霊祭が催されていた。私たちは車からダイニングテーブルを運び(逗子から持参した)、珈琲の豆を挽き、サイフォン用にお湯を沸かした。風が冷たく吹き付け、アルコールランプがなかなか着火しなかった。火力が弱いと珈琲が上部へ上っていかない。苦戦しているうちに、14:46のサイレンが町中に響き渡った。目を閉じようかと思っていると、姉が「黙祷するのはこの時間じゃない。あと30分経ったら拝もう」と言い出した。寒空の下、姉が言おうとしている意味は分かっていた。サイレンは1分間響き渡り、その間「地震の時もこのくらいうるさいサイレンが鳴ったら、津波に気付いてくれたのかもなぁ」と思ったりした。お互いに顔を見つめ合っているうちに、サイレンは静かに終わった。コーヒーはまだ沸点に達してなかった。

 14:55にコーヒーができ上がった。1年前のあの日、地震がなかったら同じようにコーヒーを煎れて、両親はお客さんに振る舞っていただろう。そしてなにげない日常を楽しんでいたに違いない。実家に置いてあったカップと同じ物を2つ、姉は用意してくれた。コーヒーを煎れる手つきは母とそっくりだった。
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 この写真は、そこにあった日常があの津波で一瞬にして奪われてしまったことへの反発、日常へのアンチテーゼのようなものだ。15:15ーーたぶん我が家を津波が襲ったのはこの時間帯だろう。コーヒーを献杯し、そっと手を合わせた。
by monchicamera | 2012-03-15 22:57 | 311とその後

いよいよ今週から写真展です

2012年3月8日(木)〜14日(水)10:00〜18:00(最終日14:00まで)
四谷ポートレートギャラリーにて
「復興願う二人の写真家 菊地信平・鈴木麻弓二人展」を行います。
入場無料です。
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■3月7日(水)18:00より同ギャラリーにてオープニングパーティーが予定されています。どなたでもご参加いただけます。
■3月10日、11日、12日は女川へ行くため、私はギャラリーにいません。
■写文集「女川佐々木写真館」を、写真展会場にて販売させていただくことになりました。
■祝花やギフトなど、ご遠慮させていただいております。お気持ちだけで嬉しいです。
by monchicamera | 2012-03-05 16:10 | 311とその後

河北新報のドラマ

f0044846_1433310.jpgちょうどいま、「河北新報のいちばん長い日」を読んでいます。仙台に本社がある地元の新聞社の震災からの奮闘記です。これがスゴイ。面白い。文章の書き方、ルポルタージュというか、客観的すぎず、主観的すぎず、どんどん読んでしまう本なんですよね。「地元新聞社がどのように読者と寄り添うのか」という暖かさが心に染みます。読者というのは、ほとんどが宮城県内。沿岸部は全て被災。必要な情報を表現する時でも、見出しの言葉も大事に選んでいる。社が団結していく過程も共感できる。


この本が、今夜ドラマになる。どのように演出され、役者がどのような演技をするのか。とても楽しみである。
「明日をあきらめない・・・がれきの中の新聞社 ~河北新報のいちばん長い日~」
  テレビ東京 3月4日(日)夜に同局系列の6局で放送
  宮城県では3月10日(土)午後1時から東北放送
  3月11日(日)午後9時からはBSジャパンでも放送予定

f0044846_14212288.jpgこの本の中で、P129に女川町の梅丸新聞店が登場する。販売店の店主阿部さんは「情報が全く無い、町民に新聞を配りたい」という一心で、3日後には新聞配達を再開するのである。阿部さんのヤル気は、新聞社の原動力にもなった。どうやらドラマの中では、渡辺いっけいさんが演じるようだ。知り合いがドラマの中に描かれるというのは不思議な感じがする。どんなドラマになるか楽しみである。

阿部さんは私の写文集の25人のポートレート「女川に生きる人のいま」にも登場している。ぜひこうした1人の人間にも注目してもらいたい。
by monchicamera | 2012-03-04 14:18

満員御礼

3月2日(金)のトークイベントは、満員御礼となりました。
ついつい喋りすぎて、90分以上の長いトークになりましたが、みなさんの熱い眼差しを感じながら、好き勝手に語らせていただきました。お越し頂いたみなさま、そしてUST中継で沢山のコメントを寄せてくださったみなさま、ありがとうございました。また、満員で中に入れなかった方々、申し訳ありませんでした。

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高政四代目の正樹さん。独特のトーク展開で、今の女川の抱える問題について話を聞かせていただきました。汚染瓦礫とよばれる風評被害によって女川町民が深く傷ついている点(数値はほとんど出てないのに!)。20年後に女川がどうなっているのか、町内に残った唯一の企業として何をしてくべきか、冷静に…そして時に熱く語っていただきました。「女川で死ぬまで生きていく覚悟を決めた俺達を見てくれ」というメッセージには、今の女川のかかえる問題が重なって見えました。同じ世代でこうして頑張っている仲間がいるから、私もがんばれます。本の中にも書いてますが、「自分を育ててくれた女川に恩返しがしたい、そして次世代を担う子供達を育てたい」と私も思っています。

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イベントの最後はサイン会。いや〜、おしょすぃごどね(女川弁:恥ずかしい)。夢にみた「作家デビュー」の気分を味わえました。こんなに素晴らしい機会を与えてくださった、ジュンク堂新宿店さま、ありがとうございました。

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USTREAMで生中継された映像がこちらのサイトで見られます
http://www.ustream.tv/channel/onagawa#events #onagawa
by monchicamera | 2012-03-04 00:33 | 311とその後

ジュンク堂新宿店トークイベント UST生中継

3月2日(金)のトークイベントですが、お陰さまで50名の定員を超えました。大変心苦しいのですがお断りしている次第です。本日USTREAMで生中継します。18:30開始。お見逃しなく!


USTREAM: ONAGAWA: 鈴木麻弓写文集 『女川 佐々木写真館―2011年3月11日、その日から』(一葉社) 刊行記念 トークセッション 鈴木麻弓×高橋正樹 http://www.ustream.tv/channel/onagawa#events #onagawa
by monchicamera | 2012-03-02 01:09 | 311とその後